雨の日と月曜日は

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 歳をとったせいか、雨の日が好きだ。

 ちょっと憂鬱かもしれないけど、気持ちが落ち着く。晴れの日だと、どこかに行きたくなる強迫観念がわき出てくるのだ。そう、ドライブに行きたい!って(笑)。でも雨なら家にいて、できたら布団のなかでずうっと寝ていたい、・・・永遠に<撃沈。朝から風呂にでもゆっくり入って、ってね(ありえねーだろー)。しかも、温泉で半露天の外に山と川が見られたら最高<夢の夢。格式や豪華なお宿は他にいっぱいあるだろうが、例えば「箱根桜庵」とか「四万たむら」の露天風呂さえあれば・・・って思うのは勝手さ(あ〜投げやりモード)。だが、雨の日は花粉も少ないから好き。でもお出かけしたくないさ、濡れるから・・・<赤っ恥。

 (気を取り直して)「雨の日と月曜日は」は、カーペンターズで有名なポ−ル・ウイリアムスのナンバー。憂鬱さを雨と月曜で歌った曲だが、アルバムによっては「愛にさよならを」とのメロディになっている。私は別々の方が好きなんだけど。
 懐かしいカーペンターズやポ−ル・ウイリアムスは'70年代にブレイクした。深夜放送や日曜日朝のベスト10系のラジオを聴きながら録音し、小遣い銭をためてレコード屋(懐かしい!)でEPドーナッツ盤を、買ったものだ。自分では欲しい曲は全て買い集められないので、友人たちと貸し合って聴き込んだ。当時のラジオは当然AM(FMは「FM東海」という実験局だった。今はAMもステレオにもなっているそうだが)だからモノラルだし音声の帯域も狭く、レコードを一旦聴いてしまえば音楽を聴くには貧弱なメディアだった。
 当時シングル盤のなかに「ドーナッツ盤」っていうのがあって、通常のLPのとは違う大きな穴の空いているレコードがあった。通常のレコードプレーヤーは中心に決まった直径の穴があり、そこにプレーヤーのセンタースピンドルが入り込むのだ。このドーナッツ盤をかけるときには専用のアダプタを使うのだけど、これがデザイン的にレトロで貧弱だったりでどうも好きになれなかった。どうしてこんなレコードがあるのか当時は疑問に思い不満だった(だって、アダプタを使ったり使わなかったりは面倒じゃない)。だが、ドーナッツになっていないメーカーのシングル盤には、明らかにドーナッツ盤に移行することができるデザインのレコードもあったのだ。後で知ったと言うか気づいたことなのだが、この大きな穴はどうやらジュークボックス用の穴だったらしい。なるほどそりゃそうだ、LPの様な小さい穴だと機構的に難しいよな〜。
 ちょうどCDが登場する1980年ごろのオーディオ誌上で、レコードプレーヤーのセンタースピンドルの形状について、いろいろな議論をされていたことがあった。要約すると形状が鋭いものよりも鈍な方がよいというもので、当時の一般的なものは半円形のものが多かったのだが、実際様々な形態のものが市場に出回ってもいた。つまりその論者である某オーディオ評論家Sは、当時オーディオマニアの間で相当売れたDENONのそれに「いちゃもん」を付けたと言うわけだ。あからさまにはされなかったが工業デザイナー出身だった彼は、当時B&O的斬新なデザインであったLUXのプレーヤーにアドバイスしていたとのことだ(もしかしたら直接デザインしていたのかもしれない?)。先端の丸いコーヌスクローネみたいなDENONのスピンドルが批判の種で、LUXのそれは基本的にシリンダー型で先端がより低い半円であり、彼とその友人である評論家たちは誌上で盛んにこのプレーヤーを推薦していた。現在アナログプレーヤーを生産している数少ないメーカーであるDENONは、さすがにこの形はやめたようだが今でも先端がすぼまった形のスピンドルの形態で生産しているようだ。
 この議論で問題になったことは、スピンドルでセンターの穴を探しにくい形態はよろしくないと言うことだった。当時我が家のアナログプレーヤーは全て半球型だったが、私のLPレコードの多くには穴を探した軌跡が醜くレーベルにしっかりと残っていた。だが後に某所で先端の平らなスピンドルにLPをセットした事があったのだが、やはり探した。しかも先端が平らだったので容易には穴に誘導されずに、某オーディオ評論家の主張とは逆に更に多くの時間が掛かっりレーベルも大いに傷ついた<泣。
 実は開業してまだ子供にお金がかからなかった頃(号泣)、トーレンスと言うメーカーがEMT930stというプロ用アナログプレーヤーをベースに、限定バージョンを101台販売するということで、購入寸前までいったことがあった。だが、オリジナルの絶妙な渋さに対し、限定バージョンはバブリーな金色の派手さだったため、高額な価格も理由一つだったが悩みに悩んで最後の最後に諦めたことがあった。だがそのEMTこそ、某オーディオ評論家故S氏の愛器だった。だが、そのデザインのすばらしさに、いまだに心惹かれている自分が情けない・・・。

 ところで1970年と言えば、大阪万博だ。2005年の今年、生きている内にもう一度万博が国内で開催されるとは思わなかった。当時中学生だった私に対し、娘らはだいたい同じくらいの年代。無限の可能性を秘めた未来を夢見させてくれた35年前の大阪万博。愛知万博「愛・地球博」が彼らの一生の記憶に残ればよいな、と願う。まあ、私みたく、おじさんになっても今なお変なトラウマになってしまうのは問題だろうが<冷汗。そうそう、1960年生まれの「おたキング岡田」も、万博トラウマ症候群で有名な一人だ。またこの話は別の機会に・・・

 どーでも良いことなのだが昨日の午前中、テニススクールでハードなしごきに遭い(苦笑)、おかげで足が痛い。これでソフトボールなんか出来るのだろうか?心配・・・

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このページは、kimuraが2005年3月28日 09:54に書いたブログ記事です。

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